筆者の身の回りでも、「エリア一括協定運行事業」に対しては期待する声が高まっています。しかし、実像を調べると、実際には期待されているものとはかなり違う制度となっているようです。本記事で「期待」と「現実」をまとめます。
総説
公式な説明による制度趣旨
エリア一括協定運行事業とは、公式の説明に基づけば、次のような趣旨で設けられる制度です。
- 既存制度は赤字補填なので事業者に事業改善インセンティブが無い。
- ➡補助額を事前算定し固定とする。
- 既存制度は赤字補填なのでサービス内容が明示されていない。
- ➡明示的な契約とする。
- 既存制度は単年度補助なので事業者が経営を見通しにくい/公の支出が増嵩しやすい。
- ➡補助額を複数年確定させる。
- 既存制度は系統別補助なので路線がバラバラに運行されてしまう。
- ➡複数サービスを一括化した契約に転換することでサービスの統合化を図る。
公式な説明による制度趣旨の問題点
上記の、制度趣旨に関する公式な説明がすでに問題点をはらんでいます。制度創設の前提事実に疑問が生じます。端的に言って、既存制度への解像度がそもそも粗いこと、ウエイトの大きい地方単独補助を見ておらず国庫補助だけに着目した議論をしていることが指摘できます。
- 「既存制度は赤字補填なので事業者に事業改善インセンティブが無い。」
- ➡既存の国庫補助においても、事前算定制がとられており、事業者に事業改善インセンティブが課されている。
- ➡赤字補填にも2種類ある。欠損補助と総費用契約。総費用契約であれば多くの場合、受託事業者は競争的手法で選定するので、事業改善インセンティブはすでに課されている。国庫補助は欠損補助だが、地方単独補助の多くは総費用契約である。
- 「既存制度は赤字補填なのでサービス内容が明示されていない。」
- ➡国庫補助は確かにサービス内容が明確に定義されていない欠損補助だが、地方単独補助の多くはすでに明確なサービスの定義がされている総費用契約である。
- 「既存制度は単年度補助なので事業者が経営を見通しにくい/公の支出が増嵩しやすい。」
- ➡既存国庫補助でも補助対象と補助対象経費は明示されており、それらを満たす限り補助は継続されるので、企業にとって予測可能性はある。
- ➡必要経費が増嵩するリスクを行政が負担する(単年度契約)と事業者が負担する(長期契約)のどちらにするかは、地域によって異なる正解があるはずで、国が「長期契約で事業者に負担させるべき」と打ち出すなら実証的論拠が必要。
- ➡欠損は必ず誰かが負担しなければならない。必要経費が増大しているのに予算額をあらかじめ固定していては、事業者がサービスを続けられなくなるだけではないか。
- 「既存制度は系統別補助なので路線がバラバラに運行されてしまう。」
- ➡地方単独補助では、一括発注はすでによくみられる行為である。それらへの評価が見られない。
- ➡発注単位を系統別とエリア別のどちらにするかは、地域によって異なる正解があるはずで、国が「エリア単位で一括化すべき」と打ち出すなら実証的論拠が必要。
- ➡国の資料が明示している「路線がバラバラに運行される」の事例には、送迎バス・スクールバス・企業送迎バスが記載されているが、それらはお金の出し主が違うからバラバラなのであって、行政の補助制度をいじっても一緒にならないのではないか。
実際にできた制度の評価
R5.09.06改正 地域公共交通確保維持改善事業費補助金交付要綱 第2節の2 エリア一括協定運行事業 にてようやく制度設計が判明しました。
- 地域内に複数存在するローカルバス向けの「地域間幹線系統国庫補助・地域内フィーダー系統国庫補助」について、1通の書類に束ね(「エリア一括」)、国の地方への補助額を複数年固定する政策である。
- 今後必要な国庫補助の額が増大することが見込まれる自治体は、この政策の適用を受けると不利になることが予想される。
- ローカルバス向け国庫補助を受け取っていない地域(都市部)には関係がない政策である。
- 上記の制度趣旨にまったく噛み合っていないので、制度趣旨に照らして評価することができない。
以下、詳細について論じる。
国側の当初の説明
2022年12月21日付で公表された「令和5年度予算大臣折衝について」から。
エリア一括協定運行事業の創設
○これまで、路線バス事業等については、主として民間の交通事業者が主体となり、行政が運行サービスに対して赤字補填を行う手法を基本として、その維持を図ってきたところ。 ○地域における路線の維持に効果がある一方、多くの交通事業者が厳しい経営状況にあり、事業改善インセンティブの課題や利用者減少局面における赤字拡大等、持続可能性の点で懸念があった。 ○持続可能性と利便性・効率性の高い地域公共交通ネットワークへのリ・デザイン(再構築)を推進するため、交通事業者のインセンティブも引き出す「従来とは異なる実効性ある支援」として、複数年にわたる長期安定的な支援を可能とするエリア一括協定運行事業の創設を要求。 ○折衝の結果、財務大臣より、要求どおり認められることとなった。 |
現在までに分かっていること
- ある地域について、現時点で複数系統について受け取っている国庫補助(地域間幹線系統国庫補助、地域内フィーダー系統国庫補助)をまとめて支給することが「エリア一括協定運行」の定義である。(中部運輸局、九州運輸局の説明会による)
- 国庫補助額を向こう5年間固定する。(中部運輸局、九州運輸局の説明会による)
- 複数系統の支給はまとめ、補助額も5年間固定するが、補助申請自体は系統別に従来通り行うことが必要である。
- 地域間幹線系統国庫補助が介在するため、複数市町村での申請を前提としている。
- 地域公共交通特定事業の大臣認定を受けてからエリア一括協定運行事業が適用される。(講演会での倉石課長の説明)
- エリア一括協定運行事業の焦点は「国からの協調補助」にあり、最終的に補助やサービス水準について地方自治体が事業者とどのような取り決めをするかについて、国はあまり関知しない模様。(講演会での倉石課長の説明を総合して)
- エリア一括協定運行事業が採択された地域は、他の事業でも優先採択する。(講演会での倉石課長の説明)
図 1 九州運輸局の説明資料
評価
立案段階の説明の疑問点
- 赤字拡大=持続可能性懸念という雑な説明
「(赤字補填は)地域における路線の維持に効果がある一方、多くの交通事業者が厳しい経営状況にあり、事業改善インセンティブの課題や利用者減少局面における赤字拡大等、持続可能性の点で懸念があった」という説明がされているが、特に結論部分(下線部)が趣旨不明である。非効率と地方の補助財源不足とを区別せずに議論していると思われる。 - 少数派の国庫補助特有の問題点を公共交通補助全般に一般化
本制度により「自治体と交通事業者との間でサービス水準(運賃、路線、運行回数)、自治体の費用負担、官民の役割分担等を内容とした協定を締結」することを促進することとしているが、地方単独補助のコミュニティバス等ではすでに普及している方策であり、目新しくない。該当の部分は契約の実態が無く補助金を出している国庫補助に着目した議論だったと思われるが、公共交通補助のうち多く見ても1割ほどでしかない国庫補助だけを見て政策立案することは適切ではない。 - 既存国庫補助の問題点は直さない
赤字補填をベースとしており欠点を指摘された既存の国庫補助(地域間幹線系統国庫補助・地域内フィーダー系統国庫補助)については変更を目指さない。 - 実務的に難しい契約方式を推奨するも事前準備無し
ネットワークの統合化および事業者にインセンティブを持たせることで効率化を目指すという説明から逆算すると、「エリア単位で純費用契約」をすることを求める提案だと解釈できる。しかし、純費用契約をするには「自治体と事業者双方の高い将来予測能力」「サービス維持が確実に図られる協定締結手法」「事業者の言い値に陥らないための競争性の確保手法」が必要であるにもかかわらず、それらについて国が技術支援・準備をするとの説明はない。
実際に出来上がった制度の問題点
- 当初の説明と食い違っている
当初の説明 | 実際 |
これまで輸送量150人以下のバスのみを対象としていた国庫補助に加えて新たに設ける補助制度であり、都市部にも使えるとの期待感。 | 既存の国庫補助の複数統合化が対象。 |
純費用契約を推奨。 | 契約内容は問わない。 |
エリア単位を推奨。 | 複数系統の国庫補助を1つの申請書にまとめることが「エリア単位」 |
複数年 | 事業者への支援を複数年保障するのではなく、国から地方への支援額を複数年固定する。 |
- 制度趣旨は既存国庫補助の削減効率化/地方自治体から事業者への補助と国から地方自治体への支援を混同
公共交通への補助は、地方自治体が事業内容と補助額を定め、そのうち国庫補助の条件に当てはまる一部のものに国の補助が入るという形で行われている。したがって、事業者にインセンティブを与える補助手法は地方自治体が導入するものである。当初の説明の趣旨から考えれば、「事業者とエリア単位で複数年の純費用契約を結んだ地方自治体に対しては、国が特に上乗せして支援する」という制度が求められる。実際にできたものは、「国が複数系統の補助の補助額を複数年固定する」というものとなっており、これは国が自治体に改善インセンティブを負わせる仕組みを意味する。 - 地方自治体に参加インセンティブ無し
国庫補助は現状既に不足気味であり、補正予算で事後的に増額されることもあり、国庫補助額があらかじめ複数年固定されることにメリットを感じる自治体は少ない。手続き面でも、既存国庫補助の申請補助に上乗せして、地域公共交通特定事業の大臣認定を得る必要があり、簡略化メリットはない。
さいごに
筆者としては、「従来とは異なる実効性ある支援」という鳴り物入りで導入された新制度が、ほとんど実用性も効果も期待できないものとなっているために実際には事業効率改善につながらず、そのために財政当局から「テコ入れしたのに事業改善につながらなかったのは地方の怠慢」等と断定され既存補助の刈込がかえって強まってしまうという展開を大変危惧しています。