2018年に舶来のものとしてもたらされ(参考1、参考2)、経産省と国交省が競演したMaaS実証実験国庫補助事業によって駆動されてきた「日本版MaaS」のブーム。学識者からは様々な懐疑論が提示されてきました。その一部を紹介します。
- 日本のMaaSは目標に程遠い
- 日本はすでに高レベルのMaaSを達成しているとも言える
- 海外概念を拡大解釈・独自解釈した先にある日本のMaaS認識
- 現在のMaaSブームのおかしさ
- MaaSへの疑問
- MaaSの拡大解釈を危惧する
- MaaSレベル評価基準の誕生
- アプリの限界/ドイツではMaaSはあまり注目されていない
- 日本のMaaSの目的(渋滞対策が目的に十分に位置付けられていない)
- MaaS本来の目的は交通まちづくりのためのツール
- MaaS実現においては、欧州流の根本からの都市交通改革が必要
- 地方こそMaaSに向いている
- 不便なところにMaaSを導入してもかえって不便さがPRされるだけ
- タクシーにサブスクはなじまない
- スマホ画面を見せて使うMaaS実証実験はデータ収集上の意義に乏しい
- 日本ではMaaSのパーツ(ラストワンマイル交通)が欠けている
日本のMaaSは目標に程遠い
我が国で検討されているMaaSは,同一企業グループ内での複数交通手段の統合を目指しているものが多く,本紹介論文の分類に従えばレベル2以下の統合レベルに過ぎず,自家用車に匹敵するモビリティサービスにはほど遠いのが実情であろう.
――伊藤雅「MaaSの進化における利用者視点の重要性」(運輸政策研究2020年版所収)
日本はすでに高レベルのMaaSを達成しているとも言える
問:MaaSに関しては,新しい技術をどのように活用するかといった点が注目されがちですが,その前段となる取組体制などもMaaSのレベルを左右するということですね。
小縣:スウェーデン・チャルマース工科大学のJana Sochor 氏は,MaaS を統合のレベルに応じて4段階で分類することを提唱しています。このレベル分けを当てはめてみた場合,実は首都圏の鉄道事業者は,経路検索エンジン上での「情報の統合(レベル1)」,交通系ICカードを用いた「予約と決済の統合(レベル2)」,連絡定期券の提供や相互直通運転の実現,さらには,エレベーターやエスカレーターの設置によるシームレスな移動の実現を通じた「サービスの統合(レベル3)」,事業者間で連携して同時に実施するダイヤ改正,新たな直通運転プロジェクトなどといった「施策の統合(レベル4)」までをすでに実現していると思います。つまり,日本の鉄道事業者は,欧州においてもいまだ具現化されていないような高いレベルのMaaS を達成していると言えるのです。その帰結として,東京には自転車も不要になるほどの緻密な鉄道網が形成されており,もはや鉄道とSuicaは水と空気と並ぶような当たり前の存在となっています。このような実績を心に留めつつ,高品質なモビリティを通じて,いつでも,どこでも,快適に,誰でも自由に移動できるような未来を実現することを目指して,われわれは引き続きMaaS事業に取り組んでいきます。
――小縣方樹(JR東日本副会長)「公共交通事業者がMaaSに取り組む意義」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
※強調は地域公共交通勉強会。
海外概念を拡大解釈・独自解釈した先にある日本のMaaS認識
このように多様な捉え方が生まれた背景として、サービスとしてのモビリティという、やや具体性に欠ける表現があったことはあるだろう。それとともに、MaaSをモビリティ業界におけるトレンドと安易に考え、安易に取り込もうとしている点も否定できない。日本人は協調性に長ける反面、周囲の意見に流されやすく、流行に乗りやすいと言われている。しかも舶来、とりわけ欧米から伝来したモノやコトに弱い。それでいて本来の意味を拡大解釈、独自解釈して使用する例もいくつか見られる。近年のMaaSを取り巻く状況も、こうした状況の一つではないかと感じている。本書の目的の一つは、MaaSの概念を再確認し、我が国に取って真に必要なMaaSを紹介することにある。
――森口将之「序章MaaSは交通まちづくりのための最強ツール」(「MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略」所収)
※強調は地域公共交通勉強会。
現在のMaaSブームのおかしさ
おわりに
-MaaSを腑に落とし,現場に根付かせる地方部で公共交通サービスを立て直す仕事をしている中で,「〇〇と連携し一緒にやっているから大丈夫」「のシステムを入れたので安心」と胸を張る人にこれまで多く出会った。私には、何をどうすればいいかを考えず,よさそうなものに安易にとびついてしまっているようにしか見えない。その後,成果が出たという話も聞いたことがない(成果と思えないようなことを成果だと自慢されたことは何度かある)。それは,冒頭に述べた,意味も分からず横文字のものをありがたがっているのと全く同じである。そしてこのままいくと,MaaS も先輩たちの後を追うことになるであろう。こうならないために,自地域の状況をしっかりと理解し,それに合った方策を地域の利害関係者でPDCAする体制を確立しておく必要がある。オンデマンド乗合交通や自家用車ライドシェアのシステムを地域に持ち込んで「これを使えば地域の交通課題が解決する」と営業する方々も少なくない。最近は,MaaSと自動運転の売り込みが増加中である。地域で移動環境確保に苦しんでいる人たちには救世主のように見え,ワラをもつかむ思いで手を出し,結局は適材適所でないためにうまくいかない。そして、いつの間にかそのよそ者たちは地域に姿を見せなくなる。私はそのタイミングで地域に呼び出される。そして,ゼロでなくマイナスから交通を立て直す仕事をする。そういう立場としては,最後まで責任を取るつもりがないなら役に立たない提案で地域をかき乱すことはやめていただきたい。逆に,現場を尊重しつつ俯瞰し,地域の皆さんと思いを共有しチームになって取り組んでくれるなら大歓迎である。いまのMaaSは,現場からはるかかなた,大都市の会議室やホールにあるように感じる。そこでは公共交通の現場を見たことがない,見たいとも思わない方々が.グローパルなビジネスの流れからモビリティの将来を論じる。一方、我々現場の人間は、そんな場に出る金も時間もないし.出なくても特に支障もない。ほぼ現場の役に立たないからである。この断絶の中で何が生み出されるのだろうか。公共交通は会議室でなく現場を走っているのに。MaaSは,交通手段を直接つくり出すものでないだけに。そのアウトカムは現状の交通網や都市・地域の空間構造に大きく左右されてしまう。それゆえに交通網をどう見直していくかが重要であり,そこに有効な提案ができてこそ意味を持つ。その大事なところを現場に丸投げされて、MaaSがこれからのグローパルスタンダードだと言われてもとまどうばかりである。一緒に取り組んでもらわないと困るし、現場でそれができる人しかMaaSを発展させることはできない。そのためにも,MaaSを和訳する,つまり日本人の「腑に落とす」ことが必要と感じている。いろいろ考えた結果。いま私が提唱しているのが下記である。
M:もっと
a:あなたらしく
a:あんしんして
S:せいかつできるために
これへの反応は完全に2分される。一笑に付す人と,「そういうことだったのか.それなら腑に落ちる」という人に。自分は後者の人たちと現場で取り組むことで、日本の移動環境を変革し.グローバルに見て恥ずかしくない水準に高めていけると考え,そのように活動している。
2020年3月現在,地域公共交通活性化再生法などの改正案が国会に上程され。審議が始まっている。私もこの案の検討に全面的に関わってきたが、ここまで述べてきたことを意識して発言し,改正によって地域に根ざした移動環境改善の取組がやりやすくなるよう心を配ってきた。当然ながら現場の人間としては,目的のために制度を熟知し使いこなすことも重要である。新型コロナウイルス感染症の流行によって人との接触が制限される異常事態の中,物理的に移動し集合することなしに生活できるしくみが注目されている。後で振り返ると、物理的な移動が人間活動にはつきものという常識が覆るきっかけだったと言われるようになるかもしれない。実はそれ以前に、パーソントリップ調査から,若年層の外出・移動回数が以前より低下し,高齢者を下回っていることが明らかになっていた。ITとロジスティクスによって物理的に移動しなくても済む社会において,あえて移動してもらい,それによって健幸 (healthy &happy)な人生を謳歌してもらえるようにするためにMaaSは生まれてきたのだと私は考えてきた。そのゴールは,移動をentertainmentにすることである。entertainは単に「楽しませる」「もてなす」ことではなく「相手の心の中に残るようなことを行う」というニュアンスを持った言葉だそうである。「乗って楽しい」移動手段と「降りても楽しい」目的地をたくさんつくり.それらをまとめた「a=1つの」サービスとして提示する。その基盤となる地域公共交通が日本の津々浦々を網羅し,MaaSによってempowerされ,住む人たち,訪れる人たちを。自分らしく安心して動き回っていただくことでentertainする。日本がそのような魅力的な場となるように,私は現場で泥まみれになって取り組み続ける。
――加藤博和 名古屋大学大学院環境学研究科附属持続的共発展教育研究センター教授「「もっと」「あなたらしく」「安心して」「生活できる」移動環境確保のために-”腑に落ちる”MaaSを実現しよう一」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
MaaSへの疑問
最近,MaaS (Mobility as a Service)という言葉を耳にする機会が大変多くなりました。一方で,MaaSに関してさまざまな疑問を抱いている読者も少なからずいらっしゃるのではないかと思います。巷間言われているように,Whim(ウィム)というアプリケーションを使用した,フィンランドの首都であるヘルシンキ都市圏における,公共交通機関(鉄道・路面電車・パス)のほかタクシー,レンタカー,カーシェアリングまでを統合してルート検索,予約決済を可能としたサービスが象徴的な事例として有名です。我が国においても,数多くの事業者や自治体が「都市型MaaS」や「観光型MaaS」など,さまざまな形ですでにサービスを開始ないしは実証実験を行っています。しかし、メディア等での取り上げられ方を見ますと,運賃・ルート検索や予約・決済をスマホやタブレット端末でアプリを使って行うことができれば,それがMaaSだと捉えられているケースも多いように見受け,言葉だけが一人歩きして概念すら必ずしも明確になっていないのが実際ではないかという印象を持ちます。
こうした現状を踏まえて、「いったいMaaSって何?」と問題提起をさせていただくことが,本号で「MaaS」を特集テーマとして取り上げた趣旨です。批判を恐れずに言いますと,アプリを使って検索や予約・決済がワンストップでどれだけ便利に行えたとしても,肝心の移動手段が確保されていなければ。利用者の移動ニーズを充足することはできないでしょう。突き詰めて考えると.特に、一家に複数台存在する乗用車での移動が圧倒的に便利な地域において地域公共交通をどう確保し。どう利便性を高めていくかを考えることで初めてMaaSが有意義なものとなるのではないでしょうか。本号が今後の議論に一石を投じることができたとすれば編集室一同,望外の喜びと存じます。また,MaaS と密接に関連するシェアリング (2020年2月号)や地域交通(2020年3月号)を取り上げました,それぞれの既刊号もあわせてご覧いただければ幸いです。
――辻村博則 一般財団法人交通経済研究所「編集室から」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
※強調は地域公共交通勉強会。
MaaSの拡大解釈を危惧する
「メディアの言うことは信じないでほしい」2018年秋にMaaSの調査のためにフィンランドを訪れた際、現地の担当者が口にした言葉である。
MaaSがさまざまなメディアで取り上げられていく中で、記者や編集者が本来の概念を勝手に書き換えた結果、当初の定義からかけ離れた例を見ることが、我が国でも多くなった。MaaSのルーツは2006年にフィンランドで生まれ、6年後にMaaSという言葉が考え出され、2014年に公の場で初めて発表。2015年にはMaaSアライアンスというグローバルな組織が形成されるとともMaaSフィンランドというオペレーターが創業し、翌年MaaSグローバルと名を変えたこの組織がMaaSアプリの代表格であるWhimを送り出した。
――森口将之「第10章日本でMaaSを根付かせるために」(「MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略」所収)
MaaSレベル評価基準の誕生
論文ではMaaSが事新的な概念であることを示しながら、それらを比較する定義がないこと、さらに従来型のモビリティサービスを融合しただけでMaaSと呼んでいることにも触れていた。MaaSに関わる事業者が増えるにつれて、誇大宣伝が目立っていることを懸念していた。さらにMaaSの真の意味を理解していないと、既存の交通の何を変えるべきか、利用者に何を提供すべきか、とこを目標とすぺきかが分からず、所定の成果が得られない可能性があることを懸念してもいる。スウューデンの研究者たもは、現時点でMaaSは流動的な段階であり、概念を定義することは時期尚早であると考えている。5段階あるレベルの最上位を現時点で空白としたのは、それを示唆したのかもしれない。またライドシェアの多く(このチャートではリフトが担当)はマルチモーダルではないが事前決済を実現しており、レベル0であることには違和点を覚える。 それでも前に挙げたMaaSを取り巻く不明除な部分に対処すべく、流動性を取り入れたうえでのMaaSの評価手法を開発することが大事であると研究者たちは記している。
――森口将之「第6章世界で導入が進むMaaS」(「MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略」所収)
アプリの限界/ドイツではMaaSはあまり注目されていない
アプリはあくまでソフトウェアであって,移動を便利にしてくれるものではあるが、アプリそのものが人を運んでくれるわけではない。いくら便利な検索とチケッティングのシステムがあっても,実際に行きたい場所に辿り着けなければ,何の意味もない。あるとすれば,「そこには行けません」「平日なら行けます(土日は無理です)」とあらかじめ教えてもらえることであろう。辿り着けないとわかれば別の手段を考えるか諦めるかの選択をすればよい。カーシェアリングやタクシーとの連携が重要になるのは、このように公共交通では移動のニーズに応えられない地域があるためであり.また,状況に応じて適切な交通手段を選択するマルチモーダルな交通を実現するためでもある。
3.アプリの先にあるもの
(1)現実の移動をどう提供するか
アプリが進化しても,足をどう確保するか,その担い手をどう確保するか,そして,どこまで,どういった手段でそのサービスを提供するか.という部分が本質的に重要であることに変わりはない。そして。輸送そのものだけではなく。取扱を共通化するための基礎的なプラットフォームが不可欠である。図5で示したとおり,ドイツには,必ずしも地域の公共交通を束ねる運輸連合等が存在するわけではなく。我が国と同じように。それぞれの事業者が因別に運賃収受を行う地域がまだまだある。これらの地域において運賃等を共通化することは事業者の利害に直結するものであり,容易ではない。そして、システムは日々進化する。ドイツでは、ハンディチケットの普及を背景に,運輸連合等のゾーン制運賃が「クラシックタリフ」と言われ始めている。地域側の次のステップは,運輸連合等や事業者による距離制運賃の導入であろうか。その時点で適用可能な技術・制度・政治情勢等を活用して何ができるのかを考えることが必要である。
(2)目的は「便利になること」
ドイツ語圏において、これまでのインターモーダル.マルチモーダルの概念に加えて,特に公共交通アプリ等のソフトウェアを通じた公共交通の水準向上・利便性向上を図る際のキーワードとして不可欠なのが.ネットワーク化,接続、デジタル化である。これらがキーワードになったのがいつのことかは定かではないが、ドイツにおいては,一部の都市を除き「MaaS」という単語は主流ではなく,主にこちらが使われる。さらにいえば。ネットワーク化.接続。デジタル化といった言葉は。公共交通事業に携わる人にとってはなじみが深いものであっても,これを利用者には説明しない。利用者は単に「便利になればよい」のであって,自治体や事業者.プランナー側からそれ以上のことを利用者に訴える必要はない。利用者には,それがいかに簡単で便利で快適かを伝えるべきである。いくら優秀なアプリケーションができたとしても,出てくる結果が図6や7のようなものでは。移動はできない。本来求めるものは,「使いやすいアプリ」でも「“MaaS”と名のつく何か」でもなく,「移動が可能になる」「移動が便利になる」ことである。その目的を達成するために考えられ,育ってきたのが運輸連合等のような仕組みであり,DB Navigator のような「デジタルのネットワーク」であって,これらが必ず必要なわけではない。重要なのは,地域のニーズに合った輸送サービスの提供や,関係者の情報共有をベースとする接続ダイヤの用意”といった地道な取組である。ちなみにDBはDB Navigator を MaaS とは表現せず,「Reise-App(旅行アプリ)」としている。DB Navigator のさらなる進化に期待しつつ,現場では地域の足の確保と利便性の向上に着実に取り組むことが求められている。
――遠藤俊太郎 一般財団法人交通経済研究所研究員「DB Navigator 10年の進化と「その先」-アプリでできること・できないこと一」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
日本のMaaSの目的(渋滞対策が目的に十分に位置付けられていない)
対する日本はどうか。先述した国土交通省「都市と地方の新たなモビリティサービス懇談会」の「中間とりまとめ」では,「人々の外出や旅行など移動に対する抵抗感が低下することで,移動・交流意欲が高まり,健康が増進され,まちや地域全体も活性化し.豊かな生活が実現することが,日本版MaaSが目指すところである」と宣言している。これを読む限り.「何のためのMaaSか」という問いに対しては,健康増進,地域活性化,住民のQOLやWell-being の向上といったところを国レベルでは志向していることが窺える。環境政策と都市政策を出自とするフィンランドのMaaSと異なり,健康,地域活性化,生活の満足度に力点を置いた目的設定になっているのが日本版MaaS の特徴と言えよう。地域の生活に寄りそったローカルな課題の解決を優先するのが日本版MaaSなのだろう。それは、「地域の足」を「移動者目線」で「地域が自らデザインする」という地域公共交通部会の「中間とりまとめ」が打ち出す方向性とも合致する。
MaaSの目的として,渋滞緩和を挙げる国は多い。日本版MaaSではなぜか渋滞のことは触れられていないが.MaaSにおいて解決すべきものの一つであることは変わりない。MaaS を渋滞緩和に役立てるには,交通流制御(信号制御など)と連動する必要があるが,これは市区町村ではなく都道府県警の権限となる。その意味でも都道府県の関与は不可欠だ。
――井上 岳一株式会社日本総合研究所創発戦路センターシニアスペシャリスト「MaaSをめぐる課題と国内政策動向」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
MaaS本来の目的は交通まちづくりのためのツール
元号が平成から令和に変わっても、モビリティシーンを取り巻く変革の波は留まることを知らない。中でも注目を集め続けているのがMaaS、モビリティ・アズ・ア・サービスである。MaaSは北欧フィンランドで生まれた、新しいモビリティサービスの概念である。筆者は2018年9月にフィンランドを訪れ、行政担当者やMaaSオペレーターから説明を受け、見を交わした。その成果をメディアやセミナーなどで披露しながら、MaaSについての理解を自分なりに深めていくうちに、日本でのMaaSを取り巻く状況が異質だと感じるようになった。我が国ではMaaSを、巨大マーケットを背景とした新しいビジネスと捉える人が多い。しかしMaaSとはICTを用いてマイカー以外の移動をシームレスにつなぐという概念であり、現在の公共交通の財務状況を考えれば、それ自体で大きな利益を上げることは難しい。フィンランドにおけるMaaSは、背景に欧州の長年にわたる公共交通改革があり、ここに同国が推進するICT(情報通信技術)が融合する形で生まれたと認識している。誕生の理由も新規ビジネスの創出ではなく、人口集中がもたらす交通問題を解決するためだった。我が国では新しいモビリティサービスが登場すると、導入すること自体を目的とする動きが生まれるが、モビリティとはそもそも人間の移動のしやすさを意味する言葉であり、個々の交通は都市や地方の中でスムーズな移動を実現するための手段にすぎない。MaaSもまた、それ自体が目的ではない。都市や地方の移動に関するさまさまな課題を解決すべく、既存の交通をICTを駆使してつなぎあわせ、便利で快適な移動に変身させるための概念であり、他のモビリティ同様、まちづくりの一環として考えるべきである。フィンランドでの展開事例は、国や都市による長期的などジョンのもと、10年という時間を掛けて練り上げており、都市のみならず地方での展開も始まっている。交通まちづくりのためのツールというMaaS本来の目的を、本書を通して日本の多くの人々に理解していただければと思っている。
――森口将之「序章MaaSは交通まちづくりのための最強ツール」(「MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略」所収)
MaaS実現においては、欧州流の根本からの都市交通改革が必要
MaaSにおける定額制はSpotifyと同じように、公共交通の安定利用が期待できるし、「利用者は好きなときに好きなだけ公共交通を利用可能だ。「利用者が元を取ろうと利用頻度を高めれば、それが公共交通活性化につながるし、都市の環境対策にもなる。「料金が適正でウィン・ウィンの関係を築けるサービスとなる。 てした定額制の料金を個々の事業者にどのように分配していう問題については、利用比率に応じて分配している音楽業界の手法が参考になるかもしれない。 しかし第1章で書いたように、欧州の都市交通では1都市1組織が一般的であり、多くの交通事業者が参入している日本の大都市は、それに比べればMaaS導入の障壁が多くなる。改めて欧州流の都市交通改革の必要性を痛感する。
――森口将之「第2章MaaSの源流になったスマートテクノロジー」(「MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略」所収)
地方こそMaaSに向いている
地方交通は、「大都市圏に比べて事業者そのものが限られているうえに、「多くが自治体の補助を受けて運行しているのが現状である。つまり自治体のイニシアチブにより続一化が図りやすく、MaaSは実現しやすい。しかしそのためには、自治体の首長や担当者が交通について明るくなることと、リスクを恐れず革新を実施していくという強い意志と情熱を持つことが重要である。
第9章で触れた八戸市と京丹後市の実例は、前者では専門家を招き入れたのに対し、後者ではICT技術をいち早く導入するなど、実現までのプロセスには違いがあるが、自治体が主体となって革新的な交通計画を策定し、実行に移している点は共通している。
筆者が以前、書籍にまとめたことがある富山市の交通政策についても同じことが言える。富山市では現市長が欧米の交通事情を熟知しており、まちづくりの一環として我が国の制度下で欧米流の改革を導入した。その結果、かつては人口減少に悩んでいた中心市街地で人口増加が見られるなど明確な結果を出している。
富山市を含めた三つの市には、交通関係の視察が絶えないという。しかし大切なのはただ視察することではなく、その結果を自分たちの自治体で展開にうつすことである。
――森口将之「第10章日本でMaaSを根付かせるために」(「MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略」所収)
不便なところにMaaSを導入してもかえって不便さがPRされるだけ
もともと便利なはずなのにそれが住民・利用者に認識されていないところではMaaSが力を発揮する。一方で、地方部のように公共交通利便性が低いところでは、MaaSが利用者にとって納得できる移動方法を提示してくれる確率は低く,不便さが検索結果によってあらわになってしまう。こういった地域では,乗用車が圧倒的に便利で、運行効率も乗合型の公共交通に比べそれほど低くない。CASE化された乗用車がMaaSアプリから使用できるようになると,鉄軌道・バス網は検索順位が低くなって,さらに選ばれなくなってしまうことが懸念される。
――加藤博和 名古屋大学大学院環境学研究科附属持続的共発展教育研究センター教授「「もっと」「あなたらしく」「安心して」「生活できる」移動環境確保のために-”腑に落ちる”MaaSを実現しよう一」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
タクシーにサブスクはなじまない
なお,一般タクシー(乗合率が低いオンデマンド乗合交通も含む)のように限界費用が需要量に対してほぼ一定の移動手段をサブスクに組み込むのは適切でない(過剰に利用され費用が増大し全体価格を上げざるを得なくなる)こともここから分かる。
――加藤博和 名古屋大学大学院環境学研究科附属持続的共発展教育研究センター教授
「「もっと」「あなたらしく」「安心して」「生活できる」移動環境確保のために-”腑に落ちる”MaaSを実現しよう一」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
スマホ画面を見せて使うMaaS実証実験はデータ収集上の意義に乏しい
また,MaaS プラットフォームによって蓄積された検索・実乗・運行データが,地域公共交通網とそれが提供するサービスのPDCAを回す原動力となりうる。現状では施策検討においてそのようなデータは入手さえほとんどできていない。そのせいなのか,全国各地で行われているMaaS実証実験でも,スマホ画面を見せれば利用できるようにするなど実利用データが残らない形で運用しているものが見受けられる。これでは紙MaaSと変わらない。利用履歴が蓄積され活用できるしくみが必要である。
――加藤博和 名古屋大学大学院環境学研究科附属持続的共発展教育研究センター教授「「もっと」「あなたらしく」「安心して」「生活できる」移動環境確保のために-”腑に落ちる”MaaSを実現しよう一」(「運輸と経済」2020年4月号所収)
日本ではMaaSのパーツ(ラストワンマイル交通)が欠けている
例えば海外だとラストワンマイルにライドシェアや電動キックボードがあり、新しいモビリティの手段が、社会の中でインフラ化がかなり進んでいる。しかし、日本ではMaaSと言っても、ライドシェアもなかったり、とパーツが欠けていくわけですね。そうすると従来どおり電車とバスのつながりがあるだけで、結局、病院までのラストワンマイルを行くことができないといった問題が生じます。
――安永修章「座談会:新しいモビリティは地方を救うか」(三田評論ONLINE2020/7/6)