路線バスが廃止されたらどうなるの?――路線バス「廃止代替手続き」の話

地域公共交通の学説
地域公共交通の学説論説

何玏(芝浦工業大学大学院博士課程)

地域を走る一般路線バスは、沿線の自家用車を自由に使えない住民にとって生活に欠かせないインフラの一つです。一方、日本の道路運送法は、事業者の判断で路線バスを廃止することを認めています(ただし、6か月前までに届け出ることを求めています。詳しくはこちら)。

日本の路線バス政策は、赤字の路線バスがただ廃止されていくのを認めているのでしょうか。実際にはそうではありません。

日本の路線バス政策は、赤字の路線バスについては、自治体が必要性を判断したうえで、自治体が引き継ぐことを想定しています。赤字路線バスは無くなって構わないという政策にはなっていません。

一方で、いくつかの課題もあります。自治体には、廃止路線を引き継ぐ法的義務はないので、路線廃止問題に対して積極的に手を打たない(冷淡な)自治体が出現することがあり得ます。路線バス維持手続きがわかりにくいため、市民が自治体を突き上げる機会を奪われているとも見えます(この記事の存在意義でもあるでしょう)。特にわかりにくいのは、日本では自治体による公的関与(路線引き受け)が、民間事業者の「廃止申請」からスタートするという点です。

今回は、自治体による路線引継ぎ手続きとして大切な、路線バスの「廃止代替手続き」を説明します。

学術的な言及

不採算であるが社会的に必要なサービスについて論じるとき,電気通信と郵便の分野ではユニバーサルサービスという.その一方でこれらと同様にネットワーク産業でありながら,ユニバーサルサービスという言葉は交通分野ではあまり使われない.交通の場合には,維持すべきサービスの範囲,水準,料金体系などの選択肢が多く,ユニバーサルサービスという概念だけでは社会の合意形成に十分ではない.
(中略)バスのような交通の場合,発車時刻が数分変わっただけでも全く違ったサービスになる.数分であれ高校の始業時間に間に合わないバス,ちょっとの差で鉄道に接続しないバスというのは供給しても意味がない.あるいは,路線を迂回し病院の軒先まで乗り入れるバスと,迂回せずにその数百メートル手前の幹線道路上で乗降させるバスとでは,利用者にとっての価値は全く違うものになる.
(中略)このようにバスの場合には,ユニバーサルサービスの定義が難しく,サービスの存廃を個別に地域社会が合意していく形をとらざるをえない.(中略)2001年前後から,路線廃止の可否と事後対応を,県中心の地域協議会か市町村中心の地域公共交通会議という会議にかけて協議することになった.
(中略)日本のバスでは系統数でみて4万近いサービスが供給され,ほとんど毎日全国のどこかではサービス廃止に向けての合意が行なわれている.

寺田一薫・中村彰宏2013『通信と運輸のユニバーサルサービス』(勁草書房)

廃止代替手続き

2002年に改正道路運送法が施行され、採算の取れない赤字バス路線は、エリア独占事業者の内部補助で維持するのではなく、事業者は自由に退出し、代わりに市町村が維持することになりました。

当時の答申は次のように述べています。

 これまでの内部補助を前提とした事業者ごとの欠損補助ではなく、例えば、生活交通として確保すべきものに必要な費用を補填する運行委託的な補助を行うよう制度を見直すことが適当である。
具体的に補助の対象とする生活交通の範囲、輸送サービス水準等については、地域の実情や住民のニーズに通じている地方公共団体が主体的に判断することが適切であり、公的補助のあり方についても、地方公共団体が中心となって対応することが適当である。

乗合バスの活性化と発展を目指して~乗合バスの需給調整規制廃止に向けて必要となる環境整備方策等について~
平成11年4月9日運輸政策審議会自動車交通部会答申
https://www.mlit.go.jp/kisha/oldmot/kisha99/koho99/noribus_.htm

ただし、前節でみたように、バスサービスはサービスのバリエーションが大きいことから、一度民間で開設されたバスを廃止後に自動的に維持するのではなく、「地域の足の確保という観点から本当に必要なバス交通サービスの見極めを地域の関係者が行うこと」「地域の関係者が、乗合タクシーの活用、スクールバス、福祉バス等他の行政目的で提供されている交通サービスの活用等も含めた効率的な輸送形態を選択すること」を目的に、地域の関係者が協議する場を設けることになりました。それが、当時運輸省の指導で全都道府県に設けられた「地域協議会」です。

協議のフロー図は以下の通りです。この協議手続きを定めている通達はこちらです。

出典:運輸省自動車交通局平成11年12月20日「道路運送法改正案の一部改正について(乗合バス関係)」

「地域協議会」は、単独市町村内完結路線を協議対象から除くことが多かったため、それを補完するために2006年から市町村が設置する「地域公共交通会議」で同様の廃止代替手続きを行うことになりました。

本当に自治体は廃止路線を引き継いでくれるの?

協議の仕組みはあるとはいえ、だから自治体は廃止路線を引き継いでくれるのでしょうか?

これは重要な問題です。

日本では、いかなる法律も、自治体に廃止路線の引継ぎを義務付けていません。したがって、路線廃止に直面しても、廃止代替を行わないことは自治体の自由です。

また、「路線廃止プロセスの中に自治体が引き継ぐ手続きが埋め込まれている」という仕組みがなんとも分かりにくいために、自治体間で制度理解に差が激しく、特に路線廃止問題を経験したことのない都市部の自治体では、廃止路線を引き継ぐかどうか自治体が判断を迫られているという自覚すら持てないでいる場面が観察されます。

一方、日本の政府は、財源面で自治体の廃止路線引継ぎ判断をサポートしようとしています。それが、市町村が生活バス路線を維持する経費に対して原則8割が措置される「地方バスに関する特別交付税措置」です。

日本の不採算バス確保政策の特徴は、法的な取り組み義務は課すことなく、ひとえに「地方バスに関する特別交付税措置」の財政支援によって自治体に不採算バス(生活バス路線)確保に取り組ませようとしていることにあります。一方で、近年は「地方バスに関する特別交付税措置」の位置づけが大変ないがしろにされており、ちぐはぐな事態に陥っているのが実態です。地域公共交通計画の策定は努力義務化されても、その中でどのような交通を守るべきかは義務付けがされていないのです。

「地方バスに関する特別交付税措置」については、山本卓登2023「不採算バス路線に関する特別交付税措置の性質とその問題」(運輸政策研究第25巻)が詳しいです。

どんなことが決まっているの?

自治体が代わりにバスを運行する

町営バス、村営バス、生活バス、自主運行バス、廃止代替バス、コミュニティバスなどの名を冠する、非商業的な「自治体運営バス」に移行することが決まることが多いです。

それらのバスは再び事業者に運行委託されることが多いですが、その場合の事業者の地位は事業主体ではなく単なる運行受託者という立場であり、路線の赤字・黒字には責任を持たなくなります。(この区別が重要です!)

他の事業者が代わりに独立採算運行する

具体例が上がりませんが、制度上は、他のより低コストの事業者が独立採算で引き継ぎ運行することも想定されています。例えば、静岡県がバス退出申し出を半年に一回まとめて公示している「静岡交通ニュース」では、次のような文言が見えます。

下記退出の申出があった路線について、代替運行等を希望する乗合バス事業者等は、平成30年10月26日(金)までに、静岡県生活交通確保対策協議会事務局(〒420-8601 静岡市葵区追手町9-6 静岡県交通基盤部都市局地域交通課TEL054-221-3194)へ申し出てください。

廃止を認める

市民生活に影響があまりないと自治体が判断した場合には、廃止を認め、代替を行わない判断をすることもあります。

小田急バス生田折返場~塚戸・城下~稲田堤【稲田堤駅入口~稲田堤】の2023年3月付廃止申請について、神奈川県生活交通確保対策地域協議会川崎地域分科会が協議した結果

「路線廃止とする。退出予定時期は、2023年3月6日とする。」

丁寧に検討している例もあります。

伊豆箱根バス韮山駅~役場入口~江川邸線の平成24年3月末付廃止申請について、伊豆の国市地域公共交通会議が協議した結果

「両系統ともに利用者が少なく、今後も利用者の増加は見込めないため、退出はやむを得ないものと判断。なお、両系統とも県立韮山高校への通学利用が大半であるが、雨天時以外の利用はほとんどないこと、韮山駅から同校まで約1,200m程度であり徒歩による通学が可能であることから、退出による影響は少ないものと考える。 」

市町村が補助して現状維持

箱根登山バス新松田駅~関本~地蔵堂【矢倉沢~地蔵堂】の2022年4月3日付廃止申請について、神奈川県生活交通確保対策地域協議会県西地域分科会が協議した結果

「減回の上、南足柄市が運行経費の一部を補助することにより路線バスの運行を維持する。」

かなり丁寧に協議(検討?)を行っている事例も見られます。

箱根登山バス株式会社湯河原駅~長窪・福浦~真鶴駅の令和6年3月31 日付廃止申請について、湯河原町地域公共交通会議が協議した結果

「湯河原駅発、真鶴駅発の両便ともに直近3か年度の実績を見ると、長窪、福浦の2系統を合わせると年間乗車人数は30,000人を超えており、1便当たりの乗車人数が10人を超える時間帯もある。
また、他のバス運行事業者による維持、当該路線のコミュニティバス化、デマンドタクシーを検討したが、「不可」または「導入までに期間がかかる」との結果となった。
これらの状況から、当該路線に係る交通事業者の赤字相当額を補てんすることにより、当面の間、当該路線の維持を図ることとし、赤字補てん額及び運行ダイヤ等について、交通事業者と詳細な協議を行っていき、一方で、長期的・安定的な路線維持の側面から、コミュニティバス化について、研究・検討していく。」

一旦廃止して、あとから生活交通確保方策を協議

廃止申請が6か月前というのは、自治体が代替策を検討するには短すぎるという見方が根強くあります。

日東交通株式会社金谷線の令和6年4月1日付廃止申請について千葉県バス対策地域協議会安房分科会が協議した結果

「申出のとおり令和6年4月1日付けで当該路線を廃止する。なお、今後の生活交通の確保については、沿線市町の地域公共交通会議等で協議していくこととする。」

まとめ

道路運送法は、独立採算が成り立つ領域では民間事業者が営利的にバスを供給し、それが成り立たない領域では自治体が公共サービスとして必要性を見極めて公的補助で供給することを想定しています。そして、その境界線を決めているのが、廃止代替手続きです。

しかし、廃止代替手続きの後にどのような政策(自治体が引き継ぐのか、引き継がないのか)をとるのかは、自治体に大きな裁量が与えられています。

皆さんのお住いの自治体は、民営バス事業者からの路線廃止申請に対する態度をあらかじめ決めていますか? 地域公共交通計画に描かれている交通軸のイメージ図よりも、廃止代替に直面してどう振る舞うかの方がずっと住民への影響は大きいものです。ぜひ注目してみてください。

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