地域公共交通活性化「輸送資源の総動員」 送迎バス活用に期待しない方がいい5つの理由

論説
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何玏(芝浦工業大学大学院博士課程)

現在の日本において、不採算だが社会的に必要な公共交通サービスの確保については、地域公共交通活性化再生法という法律のもとに、国土交通省に連なる「地域公共交通」という行政領域が形成されています。地域公共交通活性化再生法が2020年に改正され、地域公共交通計画という計画を全自治体が策定するよう努力義務化され、現在各地でそれに対応するための取り組みが進められていることでしょう。

地域公共交通の領域では、各地での公共交通の確保のありかたについて、国土交通省がモデルケースなどをもとに細かく指南することが特徴です。その中で2020年から新たに強調されるようになった方針が「輸送資源の総動員」です。今回は、この「輸送資源の総動員」について検討をしていきます。

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輸送資源の総動員とは?

「輸送資源」の「総動員」とは何のことを指しているのでしょうか?

「地域公共交通」については、国土交通省・総務省が、中央官庁としての考え方を約3万字にもなる「基本方針」としてまとめており、役所としてどのように考えているのかを把握することができます。輸送資源の総動員は、2020年に改正された基本方針で新たに位置づけられた政策方針であり、次のように説明されています。

地域においては、住民、来訪者の移動手段を確保するため様々な取組が行われており、コミュニティバス・乗合タクシー、市町村やNPOによる自家用有償旅客運送、地域公共交通会議の設置等はその一例である。さらに、住民、来訪者のニーズにきめ細かに対応していくため、タクシーを活用することやスクールバスや福祉輸送、商業施設の送迎サービス等地域の輸送資源を総動員することなど多様な取組を進めていくべきである。

――地域公共交通の活性化及び再生の促進に関する基本方針 一の1の(1)

後段でも「スクールバス、福祉輸送、商業施設の送迎サービスなど地域の輸送資源を総動員することが重要」(同三の1の(7))との記載が見えますので、おおむね、スクールバスや福祉輸送、商業施設の送迎サービスに一般客をも載せることで地域の移動の問題を解決しようという方針ととらえてよいでしょう。

ポイントは、この方針が、地域公共交通活性化再生法の2020年改正における三本柱の一つという重要な位置づけを与えられていることです。例えば運輸局の自治体向け制度解説セミナーの資料では次のような表現が見えます。


中部運輸局交通政策部交通支援室 2020「持続可能な地域公共交通の実現に向けて
本体 https://wwwtb.mlit.go.jp/chubu/mie/kikaku/seminar/2_11/2.pdf
リンク元 https://wwwtb.mlit.go.jp/chubu/mie/kikaku/seminar/index.html

国土交通省本省の概要説明資料でも、法改正後の地域公共交通計画の3つの目玉の一つという高い位置づけが与えられています。「従来の公共交通サービスに加え、地域の多様な輸送資源(自家用有償旅客運送、福祉輸送、スクールバス等)も計画に位置付け」ということで、そうした「輸送資源」を自治体計画に記載することを求めています。

国土交通省公共交通・物流政策審議官自動車局2020「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律等の一部を改正する法律について」
本体 https://www.mlit.go.jp/common/001352013.pdf
リンク元 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000055.html →補足説明資料

「地域の足の確保に向けて、輸送資源をフル活用しよう~地域公共交通活性化再生法の改正を踏まえて~」
https://www.zenkoku-ido.net/_event/210612soukai/210612_kouen_seisaku_v3.pdf

埼玉県「「企業・病院・学校等の送迎バス」を活用した取組について」
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12150754/www.pref.saitama.lg.jp/a0109/senshinjirei/main.html

送迎バスの活用は簡単にできるのか?

この間、国土交通省は様々な説明資料を通して、事実上自治体に向けて輸送資源の総動員の大号令をかけている状況にあります。こうした中で、自治体の中にも、いままで着目していなかった送迎バスという存在を「発見」し、その「活用」で地域の移動に関する課題を解決できるのではないかという期待感が高まっているのではないでしょうか。実際、少なくない自治体で、「地域の輸送資源」に関する情報収集の調査が行われています。例えば越谷市では、域内の事業者に対して送迎バスの運用実態を詳細に尋ねるアンケートを実施しており、そのアンケート票が公表されています。

しかし筆者は、こうした高揚感・期待感と裏腹に、送迎バスの活用は簡単にできるのか疑問を持っています。以下、順に見ていきましょう。


地方では私立学校のスクールバスがかなりの発達を遂げている場合も。これに一般市民を乗せて公共交通の役割が代替できるなら確かにうれしいですよね……?
出典:朝日塾小学校

送迎バス運行主体にとってメリットがあるのか?

――理由① 送迎バス側にメリットが無い

まず、送迎バスの性格について確認しておきます。送迎バスは、自らの事業に資するために、顧客の利便性確保並びに誘客を目的として、その手段として提供されているサービスだといえます。そもそも、あらゆるサービスは経費がかかるものですが、送迎バスについては、その本業への貢献を評価して、本業の収益の中から経費負担をしているのが通例です。送迎バスはそれ単体では採算を確保しようとしていないということになりますが、逆に言えば、本業への貢献が送迎バス提供の唯一のモチベーションです。

これを踏まえると、送迎バスに、当該事業の顧客以外の人を乗せることは、一般的には事業者にとってまったくメリットの無い行動と言わざるを得ません。したがって、仮に送迎バスに地域住民を乗せようとするならば、それは事業者の善意に頼るか、何らかの形で経費を負担してインセンティブを確保するかのどちらかしかないと考えられます。

輸送資源の総動員――すでに走っている送迎バスの空席を活用した生活の足の確保――というと行政の立場からは期待感が高まりますが、その内実は「送迎バスを運行する企業に対するボランティアの要求」であり、あくまで企業側に無理をお願いしようとする方策であることに自覚的である必要があります(国交省の輸送資源の総動員の関連文書にはそのような発想が欠けていそうです)。また、世の中すべての企業がそのような取り組みに好意的である保証はありませんので、企業の善意の有無に依存したかなり場当たり的な方策でもあります。

自らの目的のために純粋に手段として用いるという点で、送迎バスの本質は自家用車であり、定時定路線・大型の車両で運行に供されているからといって「営業用バスの仲間」と認識することには飛躍があります。

送迎バスに一般客を同乗させる際に発生する問題点

――理由② 送迎客と一般客で競合してはならない

送迎バスに一般客を同乗させることは、実務上様々な問題をはらんでいます。一つ目は、本来目的との競合が許されないことからくる限界です。

送迎バスは顧客の輸送が最大の使命であり、一般客を運ぶことにより本来の顧客の輸送と競合することが生じることがあってはなりません。例えば、自動車学校の送迎バスが自校生徒と一般客によって途中バス停で満席となり、それ以降のバス停で待っている自校生徒が乗ってこられないなどというこということを容認できる事業者は通常存在しないでしょう。

競合発生時には先に乗っている一般客に降車してもらうという扱いも机上では考えつくかもしれませんが、そのようなことが現実にできるでしょうか?ただでさえ移動に困っている市民が予期せぬバス停で降ろされる可能性があるという状況・仕組みが好ましいとは思えません。

細かい話をすると、一般の住民は道路運送法で許可されたバス(運送引受義務あり)と自治体がバックアップした一般客も同乗できる送迎バス(運送引受義務を含め法的規制なし)との法的性格の違いを必ずしも区別できませんので、後者にも一般のバスと同じ扱いを受ける期待感を持つことは非難されるものでは無いはずです。

たまたま送迎バスの車両サイズに対して顧客が相当に少なく、利用しうる一般客も相当に少ないと想定される場合には、両者に競合性が無く、相乗りが成り立つ場合もありうると考えられますが、少なくとも都市部では通常無視できない競合性が発生することでしょう。


「バス停」もあるし外形は路線バスだけど…
ホテルの利用者と沿線住民のどちらを優先する?
――伊豆高原駅にて撮影

――理由③ 利用者保護が図られない

二つ目の問題は、利用者保護が図られないことです。

送迎バスは法的には自家用車ですから、路線バス・タクシーで行われているような運送業としての安全管理は通常行われていません(乗車定員11人以上の場合、交通警察行政の一環としての安全運転管理者制度の網にはカバーされます)。また、万一事故が発生した場合の保護・賠償も不十分となる可能性があります。ちなみにこれは地方運輸局が白バス利用防止キャンペーンを張る際の常套句でもあります。

送迎バス活用は仮に行うとしても基本的に事業者の善意に頼るものですから、さらにこうした安全管理や事故補償を送迎バスの実施事業者に求めるのには無理があることはいうまでもありません。

送迎バスは道路運送法で許可された事業ではないので、それに乗車する人も運送契約のある旅客ではなくただの人という関係にあります。したがって、利用者へのサービス提供や案内の面でも、運送引受義務や事業継続義務・運行内容掲示義務が無く、最低限の公共性(時刻表に従ってみんながいつでも使える)すら法的に担保されていません。

前述したように、一般の住民に対して、こうした法的性格の違いを理解させたうえで使ってもらおうというのは酷というものでしょう。市民に対して、路線バスと同列に使える移動手段として送迎バスを推奨することは、これらの法的課題に対する誤解を招き、万一問題が生じた際に影響をより深刻なものとしてしまう可能性があるのではないでしょうか。

なお、この二つ目の問題は、送迎バスが貸切バス事業者等に委託されている場合は、運送事業として安全規制が課されますので、安全確保に関しては一応は問題ないということになります。


同じ送迎バスでも貸切バス事業者が受託すると緑ナンバーになる(この写真では整備中なのかナンバープレートが外れかかっていますが)
――北海道七飯町スクールバス(有限会社大沼交通受託)

自治体の政策としての問題点

――理由④ 住民のニーズを反映させられない

実務面でのいくつかの問題を見てきました。さらにここで、自治体の政策として「送迎バスの活用」が適切なのかどうかを考えます。

自治体の公共交通政策に課せられた基本的課題は、適切にデザインされた移動サービスの提供を通して、住民の生活水準を確保・改善することにあります(ここでは、マイカーからモビリティシフトをして渋滞緩和をする話は除外しておきます)。

そうした時に、送迎バスというものは、商業施設等の本業への貢献を唯一の目的としてサービス内容が計画されており、地域住民のニーズを反映させる余地は一般に存在しないといえます。送迎バスと住民ニーズがたまたま一致した場合にのみ、自治体の公共交通政策として有効に機能する可能性がありますが、そもそもそのような領域はかなり小さい可能性があります。

公共交通/輸送サービスというものは、地図上にルートとして存在しているだけでなく、1便1便のサービスが供給されて初めて社会的に機能を発揮します。ある鉄道の専門家は、列車が(数本しか)走らない鉄道路線は一般工作物に過ぎないと指摘しています。交通手段の計画にあたってはサービス水準を目印に行うべきですが、地図上に送迎バスのルートを落としてその地域の交通課題は解決したとみなすことがナンセンスであることは言うまでもありません(送迎バスの本数はたいてい少ないものです)。

――理由⑤ 地元交通事業者との関係をこじらせる可能性がある

ここで、本筋ではありませんが、自治体として送迎バスの活用に慎重であったほうがよいもう一つの事情を指摘しておきます。それは、送迎バスの活用を推奨したり、さらには一定の資金提供や便宜の提供をおこなったりすることが、地域のバス・タクシー事業者から事業領域の浸食ととられてしまう可能性です。仮にこのような事情でバス・タクシー事業者との信頼関係を損ねれば、通常の地域公共交通行政の推進にとって障害となってしまいます。

さいごに

現に送迎バスに一般客を同乗させることで交通手段の確保を行っている自治体も存在しますが、上記のような問題をどのようにクリアしているのでしょうか。これはそうした自治体のうちの一つのホームページに載っている図ですが、住民の「さらに便利な乗り物がほしい」というニーズに対して「事業者の厚意だから、今後も継続できるように協力してほしい」と自治体自ら抑圧する説明をしています。市職員お手製とみられる絵柄もすごいインパクトです。こうして市民を「悪魔化」することでしか成り立たないとしたら、輸送資源の総動員という政策に果たして妥当性・持続性はあるのでしょうか?

出典 自治体ホームページ

次回は、あるべき輸送資源の総動員の姿を議論します

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