地域公共交通活性化再生行政「輸送資源の総動員」の問題点

論説
論説

何玏(芝浦工業大学大学院博士課程)

2020年の地域公共交通活性化再生法改正から、国は「輸送資源の総動員」を強調するようになっています。しかし、次のような問題を抱えており、自治体が採用するには慎重に検討したほうが良いと考えられます。

政策の方向性の良しあしの面から

「輸送資源の総動員」は、自治体が本来果たすべき役割の放棄

政策の方向性として望ましいかどうかという側面から考えると、次のような懸念点があります。

  • 輸送資源の総動員とは、おおむね既存の送迎バスの空席に一般客を乗せてもらうことで地域の生活の足の問題を解決することを指す。
  • ふつう、公共サービスの資源は自治体が補助金や委託費といった対価を払って「調達する」ものであるのに対して、輸送資源の総動員と言うアイデアは「タダで提供してもらう」ことが前提となっている。(※)
  • 輸送資源の総動員は、通常の公共サービスのような「自治体が資源制約を変えてでも必要な公共交通を確保する」という考え方ではなく、「既存の公共交通でカバーされない領域は社会のボランティア精神に委ねる」という主張である。
  • 自治体の役割は、マーケットや個人では解決できない問題に対応することである。したがって、送迎バス運行施設の善意に期待して住民を同乗させることは、自治体の本来の役割ではないはずである。さらに言えば、自治体の役割の否定でもある。(ボランティア精神で問題が解決するなら自治体は要らない)。

資源制約を変えてでも社会にとって必要なサービスを確保するのが自治体の本来の役割であり、公共交通も同じです。いくら運転手不足が問題になっていても、最初から「輸送資源の総動員」として送迎バス運行施設の善意を頼ることは「あきらめるのが早すぎ」といわれても仕方ありません。

(※)ウクライナ戦争のニュースを通して「動員」という言葉の本来的意味が再認識させられましたが、「輸送資源の総動員」も単なる比喩ではなく文字通り行政的手段で供出させることを意味していることに注意する必要があるでしょう。

送迎バスと公共交通のどちらが政策手段として優れているか

送迎バスに一般客を混乗させる政策と、公共交通に沿線施設の送迎客を混乗させる政策を比べると、後者のほうが自治体の取るべき政策としてふさわしいはずです。

また、都市部においては、乗合交通の利用者を増やしてマイカー利用を削減することが基本課題ですが、それに比べると送迎バス活用という手段はスケール感が大きく異なり、現実的な選択肢ではありません。

実現性の面から

「輸送資源の総動員」=送迎バスの空席活用は、現実的に容易に実行可能なのでしょうか?その点でも問題が山積しています。

送迎バスというと、路線バスの仲間に思えてしまいますが、それは違います。運送サービスに関する政策を考える際は、「その運送サービスを運行する動機」に着目することが有効です。

また、送迎バスの仲間にスクールバスがありますが、一口にスクールバスといっても、「私立高校・私立大学のスクールバス」と「市町村が運行する小中学生向けスクールバス」とでは運行の動機が大きく異なります。ここで、これらのバスサービスの運行の動機について表に整理しました。

民間の送迎バスは、本業への貢献が唯一の運行のモチベーションです。送迎バスに、当該事業の顧客以外の人を乗せることは、一般的には事業者にとってまったくメリットの無い行動と言わざるを得ません。したがって、仮に送迎バスに地域住民を乗せようとするならば、それは事業者の善意に頼るか、何らかの形で経費を負担してインセンティブを確保するかのどちらかしかないと考えられます。

実務上も問題は多いです(詳細はこちらの記事)。例えば、自動車学校の送迎バスが自校生徒と一般客によって途中バス停で満席となり、それ以降のバス停で待っている自校生徒が乗ってこられないなどというこということを容認できる事業者は通常存在しないでしょう。

国は、送迎バスの空席というものは掘り起こして協議すればタダで使える「資源」と考えているようですが、送迎バスはシビアなビジネスの一環として運行されているものであり、期待するほど簡単に使えるものではありません。

さらに詳しく

地域公共交通活性化「輸送資源の総動員」 送迎バス活用に期待しない方がいい5つの理由

地域公共交通活性化 あるべき「輸送資源の総動員」の姿を考える

地域公共交通活性化 なぜ生まれた?「輸送資源の総動員」

タイトルとURLをコピーしました