なぜ地域公共交通計画に収支率改善を盛り込まなければならないか――バス国庫補助金実務と一体化した地域公共交通計画制度――

論説
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何玏(芝浦工業大学大学院)

NPO法人・公共の交通ラクダ(RACDA)が発行する会誌『クリーンモバイル・岡山倉敷連星都市圏3 ライトレールが変える都市の風景』(2023年2月発行)に寄稿した標記記事を転載します。

なぜ地域公共交通計画に収支率改善を盛り込まなければならないか

昨今公表されている地域公共交通計画は、収支率の改善目標を掲げたものがほとんどとなっている。これは決して単なる流行ではなく、制度的に求められている結果である。また、収支率目標が要求されるような制度になった背景には、それなりの政策の流れがある。公共交通を推進する市民運動現場では、どうしても「自治体が公共交通について計画を立てることは素晴らしい」「計画を絵に描いた餅にしないために、定量的なモニタリングは結構なことである」という期待感が先行するせいもあってか、こうした実情に詳しいとは限らないと拝察するので、簡単に紹介していきたい。

前提 公共交通をめぐる補助制度

地域公共交通計画制度が国庫補助と一体化して、使えない制度になっていることは、一言では説明しきれないのがつらいところである。前提の「公共交通をめぐる補助制度」について説明するところからお付き合いいただきたい。

日本においては、2002年までに、鉄道・乗合バスを含む各種公共用交通手段の需給調整規制(雑に言えば、既存事業者がいたら後発事業者が新規参入をしてはならない規制)が廃止された。また、仮に事業者間の需給調整を継続したとしても、マイカーとの競争にすでに公共交通は敗北していたのだから、「エリア独占+内部補助」で地方の隅々まで鉄道・バス網を維持する政策は破綻していた。一部地域では、エリア独占の権利を回復してくれれば内部補助で路線を維持するつもりがあるというバス事業経営者がいるが、エリア独占時代の20世紀にも多くの路線は事業者の都合で廃止されていたのである。

国は需給調整規制を廃止したので、制度的な内部補助に頼る政策は終了し、2001年から、「事業者がやめたい路線を自由にやめる」ことを前提にしたバス補助政策を開始した。実際には2001年以前も、不採算路線への補助制度はあったのだが、それを増強・刷新し、「競争促進+外部補助」に政策を変えた。この時の補助制度は、国と地方の役割分担がよく考えられていた。

公共交通への補助といっても2種類ある。一つは、道路混雑緩和のために公共交通を整備・サービス強化・値下げするものである。これを都市公共交通と呼ぼう。もう一つは、過疎地において、脱マイカーをする必要性はないが、クルマを使えない交通弱者の足としての最低限の公共交通を維持するものである。これを当時の政策体系では「生活交通」と呼んだ。2002年に内部補助が使えなくなった際は、「生活交通」を外部補助で維持する方策が考えられた。

そもそも地方の公共交通は地方の問題である。したがって、公共交通に補助をする主体は原則として地方とされた。一方、日本では地方自治体にお金がないので、地方が生活交通の維持に躊躇しないように、生活交通(路線キロあたり輸送量150人以下のバス)の維持のために出した補助額の8割が地方交付税で返ってくる仕組みとした(上図、緑)。鉄道は、廃止してバスにするコスト削減策が残されているので、生活交通とはされなかった。しかし、地方には任意に補助を出す権利はあるので、地方赤字私鉄・三セク鉄道は地方の負担で維持されている(上図、青)。

地方にだけ委ねると問題が起こる。それは越境する公共交通である。交通はそもそも違う地域を結ぶので、領域に根付いた地方行政と相性が悪い。越境する路線を維持するために、県と国が越境赤字路線バスに半々ずつ出し合う補助スキームが組まれた。地域間幹線系統国庫補助である(上図、赤)。

地域公共交通活性化・再生法が国庫補助と合流するまで

2007年に地域公共交通活性化・再生法ができたが、これは「公共交通を活性化する」「そのために国が使い道の緩いまとまったお金を自治体に交付する」ことが目的の法律である。 「生活交通の確保」や「都市公共交通の増強」の別枠に位置する政策であった。

しかし2011年の事業仕分けで、地域公共交通活性化・再生総合事業は仕分けられてしまう。この時、国交省運輸系は地域公共交通活性化・再生法を維持する方法を考えた。その結果が、「生活交通の確保の補助金を、地域公共交通活性化・再生法にぶら下げ、看板を架け替える」というものであった。この結果、地域公共交通活性化・再生法は、「公共交通(生活交通)を守るために、創意工夫に取り組む」という政策の仕組みになった。具体的には、国交省HPの「地域公共交通確保維持改善費補助金交付要綱」をぜひ見ていただきたい。生活交通補助と、交通計画策定が、おなじ枠組みに同居している。

これは政策目的と手段が間違った組み合わせになっている。地方の不採算の生活交通は、交通弱者の生存権を守るために必須の福祉的サービスであり、安定的な資金移転で守るしかない。地域公共交通活性化・再生法がめざす「創意工夫による公共交通の活性化」は、重なるところはあっても、別なものは別なのである。

都市部の公共交通をめぐっては国交省都市局が「都市・地域総合交通戦略」の計画制度を持っていたが、公共交通推進市民運動はこれにほとんど関心を持たなかったことも記しておきたい。

生活交通補助と地域公共交通活性化・再生が合流した結果、「どうしても補助金で守らなければならないミニマムと、公共交通への戦略的な資金支出」が区別できなくなった。このため、財務省からの補助金削減圧力をかわすことができなくなり、地方のミニマム(その多くは事業採算性は非常に悪い)に対してそれまで以上に補助金の刈込のプレッシャーがかかるようになった。

これをかわすためか、国交省は2017年から「国庫補助路線の生産性向上」を言い出し、収支率毎年1%向上を自治体に求め始めた。2020年の地域公共交通活性化・再生法改正では、収支を含む定量目標を地域公共交通計画に盛り込むことが努力義務化されたうえ、地域公共交通計画を立てなければ国庫補助がもらえなくなった(補助金との連動化)。つまり、収支率改善に向けた改善効率化を地域公共交通計画の中で国に向けて約束しないと、ミニマム(生活交通)確保のための補助金をもらえなくなったのである。

自治体の視線も、生活交通確保のための国庫補助をいかにしてもらうかに集中している。都市部では元から関係ないのに。地方交付税を使えば地方で独自に補助を出すことは可能なのに。

地域公共交通活性化・再生法の現在地を直視して

公共交通を応援する市民運動は、公共交通への公的関与を求める立場が影響して、「国が公共交通支援を銘打って新たな制度を始めること」「国が公共交通に関して役割・予算を増やすこと」への視線が甘い。しかし、他分野の市民団体・業界団体は、国の法律の細かい条文や補助制度の細かい要綱等について「これではうまくいかないからこうしろ」と結構うるさく声を上げているのが常だと思う。同じ運輸省周りでも、自家用有償旅客運送NPOの全国団体は言うべきことを言っている。LRT運動が国の場外応援団にとどまっていては、政策が周回遅れとなってしまう。

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