地域公共交通読書案内

文献紹介
文献紹介

地域公共交通を、サービスの外形からだけではなく、問題と解決の仕組みに着目して議論するアプローチが求められます。そのためには、例えば「交通市場」「歴史的経緯」「規範と工学」を知ることが望まれます。そうした観点から、当サイト編集グループが実際に読んでみて役にたつと思われた本を紹介します。

現象を理解するための本

問題を考えるうえでは、現象論を正確に理解することが必要だと考えられます。交通問題を議論するうえでは、交通経済学をマスターしておくことが望まれます。なお、前提として交通と運輸の違いを理解しておく必要があります。日本においてはあまり強調されませんが、実際には重要な境界線として機能しており、交通(traffic)の現象論を担当するのは「交通工学」で、運輸(transportation)の現象論を担当するのは「交通経済学」と言えます。公共交通をめぐる現象論としては後者が重要です。

交通経済学の教科書としては、山内弘隆・竹内健蔵2002『交通経済学』(有斐閣アルマ)が基本的ですが、内容が重厚なので、同様の趣旨をより手軽に知るのには竹内健蔵2018『交通経済学入門 新版』(有斐閣ブックス)も使えます。

「交通政策の教科書」としては、斎藤峻彦1991『交通市場政策の構造』(中央経済社)藤井彌太郎・中条潮1992『現代交通政策』(東京大学出版会)藤井彌太郎・中条潮・太田和博2001『自由化時代の交通政策―現代交通政策2』(東京大学出版会)交通経済学杉山武彦・竹内健蔵・根本敏則・山内弘隆2010『交通市場と社会資本の経済学』(有斐閣)が挙げられます。どれも根幹は同じ論理の議論をしているので、新しい方から優先順位をつけて読めます。

日本交通学会2011『交通経済ハンドブック』(白桃書房)は、より深い文献にアクセスするための索引として使えます。

歴史的経緯を知るための本

交通の政策は、現象に対して純粋理論的に展開しているわけではなく、様々な歴史的制約の下にあります。その歴史を把握することは、議論の基礎認識を形成するうえで重要です。

鉄道経営・鉄道政策を知る

日本の交通政策の中心は鉄道の問題をめぐって展開してきたと言えます。したがって、仮に過疎地の交通を議論したい場合でも、交通政策の歴史的経緯を知るためには、鉄道をめぐる政策展開を把握していることが役立つと思われます。

鉄道政策の展開について、確かな現象認識とあるべき姿をふまえてまとめられたものには斎藤峻彦2019『鉄道政策の改革:鉄道大国・日本の「先進」と「後進」』(成山堂書店)があります。商業輸送に依存する日本とそうでない欧州という対比の下で両者の政策の特徴を明らかにする議論は、交通政策の理解と議論のために重要な示唆を与えるものであり、この分野を議論するためには必読と言えます。上下分離などに対する、世界標準をふまえた評価も参考になります。ただし、規制緩和の評価については、バスを中心とする寺田らの評価と異なっています。

国鉄改革について正しい経緯を知ることも重要です。国鉄改革の経緯は、輸送手段の最適分担領域、交通経営の効率性確保、これらの意思決定手続きのあり方などの問題の宝庫です。鉄道の位置づけの変化を読み取ることが重要でしょう。刺激的なタイトル、かつ、一般書ですが、福井義高2012『鉄道は生き残れるか』(中央経済社)は、鉄道を取り巻く環境と鉄道経営の本質、国鉄改革の内容と意義がコンパクトにまとまっています。同書は鉄道の存在意義についてかなり厳しい姿勢で論じていますので、それをも説得可能な公共交通(鉄道)維持存続論を思考実験するための”格闘相手”という意味もあります。福井の根本の考え方は、国鉄出身の交通経済学者、角本良平によっています。

参考程度ですが、我々若い世代が過去の国鉄改革の経緯を表面的知識としてだけではなく腹落ちさせるためには、例えば牧久2017『昭和解体―国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)のような書物で時代像を把握することもできます。

政策史を知る

日本の交通政策一般の歴史を基礎知識として把握しておくためには、例えば岡野行秀・杉山雅洋2015『日本の交通政策―岡野行秀の戦後陸上交通政策論議』(成文堂)が勧められます。やや古い文献ですが、山内弘隆・金本良嗣1995『講座・公的規制と産業4交通 』(NTT出版)も当時の交通政策をよく記録しています。

交通をめぐる規範論を知るための本

ミニマム保障について知る

「交通権」という言葉があるように、公共交通維持存続の論拠として、一定の権利を保障するべきだという議論が主張されることが多くあります。そもそも守るべきは交通権ではなく生存権だという議論もあるので、ここではそれらを包括して「ミニマム保障」ということにします。

日本におけるナショナルミニマム政策の展開を整理した書籍としては門野圭司編著2019『生活を支える社会のしくみを考える―現代日本のナショナル・ミニマム保障』(日本経済評論社)、ナショナルミニマム概念について深く学びたい場合は日本社会保障法学会編2012『ナショナルミニマムの再構築』(法律文化社)、シビルミニマムという考え方に深く迫りたい場合は松下圭一1971『シビル・ミニマムの思想』(東京大学出版会)をはじめとする松下の著作が挙げられます。

公共交通に関係するミニマム保障の議論としては、喜多・谷本のグループの蓄積があり、そのレビューが必須と思われます。主なものを挙げると、まず、活動ニーズに着目した議論には問題があることを指摘し、潜在能力アプローチを採用することを掲げた谷本圭志・喜多秀行2006『地方における公共交通計画に関する一考察―活動ニーズの充足のみに着目することへの批判的検討ー』(土木計画学研究・論文集23巻)があります。喜多・谷本らの議論では、潜在能力を「活動機会」と定義します。喜多・谷本が公共交通に関するミニマム認識をコンパクトに提示するものとしては喜多秀行2011「地域公共交通計画と移動権」(交通工学第46巻4号)谷本圭志2011「高齢社会のフロンティアで考える交通基本法」(運輸政策研究第13巻4号)がわかりやすいです。具体的なミニマム水準の導出を行っているものには谷本圭志・森山昌幸2009「公共交通サービスのミニマム水準の検討のための一考察-生活環境への認知的な適応に着目した導出手法-」があります。そして、彼らがそうしたミニマムを達成する計画手法として作り上げたのが後述の国際交通安全学会2010『地域でつくる公共交通計画―日本版LTP策定のてびき』です。

寺田は、寺田一薫・中村彰宏2013『通信と交通のユニバーサルサービス』(勁草書房)において、最小限の交通アクセスを電気通信や郵便といったものと同様に、誰にでも提供されるべき「ユニバーサルサービス」と位置づけ、その提供の方策を探っています。特に、第1章では公正に関する世界の主な議論をコンパクトに総括しており、公共交通のミニマム保障を議論するための基礎を獲得するのに役立ちます。

逆に、国鉄分割民営化反対や、ローカル鉄道廃止反対の文脈で語られるミニマム論類似の議論は、そのままでは論拠として使うのに不十分である場合が少なくないと思われます。ミニマム保障をする原資や社会的意思決定への観点を欠いて単に資本家・政府に一方的に権利要求するだけにとどまっているもの、バス等他の手段との代替比較を欠いて現在の鉄道を護持する材料としてミニマム論を援用しているものなどが見受けられます。

交通社会資本整備・公共計画について知る

採算に基づいて事業展開が行われる一般商業と異なり、都市鉄道や道路・空港などのインフラ(これらを特に「交通社会資本」といいます)は、公的資金を(一部に)用いて整備されるために、採算とは別の基準により望ましい整備計画を立案する手法が発達してきました。工学部の土木工学の一分野である「土木計画学」が主な守備範囲にしていると言えます。交通社会資本整備システムを説明した書物としては土木学会2010『交通社会資本制度-仕組と課題-』がありますが、大部な資料なので、まずは必要に応じて参照することになる程度と思われます。

パーソントリップ調査を中心的手段とする、都市交通計画という領域もあります。この教科書は数多いですが、当勉強会としては、公共交通への視座が深いという点において竹内伝史他2011『地域交通の計画』(鹿島出版会)を挙げます。欧州のSUMPも、欧州の都市交通計画の最新成果として参照に値します。日本の政策との比較をすると多くのインプリケーションが得られます。

土木計画学にも、分析手法を重視する「土木・計画学」と、個別の社会資本についてあるべき計画手法に関心を持つ「土木計画・学」とがあるとされており、このうち「土木計画・学」の問題意識に基づいて社会資本の整備計画の手続き論をとりまとめた書物としては、屋井鉄雄2021『土木と環境の計画理論』(数理工学社)があります。公共計画のめざすべき姿・とるべき手続が理解できる良書です。

ローカルな公共交通に関する本

さて、本丸のローカルな公共交通(地域公共交通、不採算な公共交通)に関して読むべきと思われる基本的文献を紹介します。

まず、ローカルな公共交通について学問的アプローチをするならば、寺田一薫の議論に触れることが必要だと考えます。寺田は、規範と現象論を切り結んで、ローカルな公共交通の問題の所在と改革の方向性に関する実証的研究をしており、その議論は出発点の一つに確実に位置づけたいところです。寺田一薫2002『バス産業の規制緩和』(日本評論社)寺田一薫2005『地方分権とバス交通』(勁草書房)寺田一薫・中村彰宏2013『通信と交通のユニバーサルサービス』(勁草書房)(再掲)は必読書と言えます。寺田一薫2002『バス産業と規制緩和』(日本評論社)は需給調整規制という旧時代の仕組みとその問題を全面的に総括しています。寺田一薫2005『地方分権とバス交通』(勁草書房)は、需給調整規制廃止に伴い対応を迫られた地方自治体の政策課題について類型別に実証研究をしたもので、ローカルな公共交通に関する主な論点が網羅されており、研究課題の設定や調査枠組みについても学ぶべきところが多くあります。

世間では公共交通の規制緩和といわれる「需給調整規制の廃止」は、日本のローカルな公共交通の政策を根底から変革するブレークスルーでした。その趣旨を確実に把握するべきです。現在の政策の出発点として、運輸政策審議会自動車交通部会の1999年の答申を熟読しておく必要があります。その趣旨を、検討の座長を務めた岡野行秀1999『地域公共交通の維持ー需給調整廃止を控えて』(地域政策研究9号)からさらに読み解くこともできます。需給調整規制廃止が自治体に突き付けた課題を自治体側の立場からクリアに整理したものとしては、竹内伝史2000『需給調整規制の廃止に伴なう地方自治体の新任務,公共輸送政策』(運輸政策研究第3巻第2号)があります。

ローカルな公共交通について包括的な政策体系を示す議論をしているものに、喜多・谷本・竹内らの文献があります。喜多が編集主査を務めた土木学会2006『バスサービスハンドブック』土木学会2024『バスサービスハンドブック 改訂版』)は、ローカルな公共交通に関する標準的な工学的手法を取りまとめたものとして、今なお参考になります。喜多秀行2007『過疎地域における生活交通の確保に関する課題と展望』(運輸と経済)は過疎地公共交通計画論の基本的視点がコンパクトにまとまっており、必読です。喜多秀行2014『地域公共交通計画で定めるべき事項の考え方』(運輸と経済第74巻第6号)はその時点であるべき地域公共交通政策を論じたものです。国際交通安全学会2010『地域でつくる公共交通計画―日本版LTP策定のてびき』は、ミニマム確保のための交通計画論を取りまとめた総集編です。

行政学の本

ローカルな公共交通は公的関与をある程度前提としており、行政の仕組みとも密接に関係しています。必要に応じて行政学の知見に学ぶ必要があります。森田朗2022『新版現代の行政』(第一法規)は、読書案内も充実している入門書です。

地方財政学の観点も取り入れる必要があります。林宜嗣2021『新・地方財政』(有斐閣ブックス)は標準的な入門書です。

日本においては、交通をめぐる行政が「社会資本整備」(道路づくり=国交省道路局、都市づくり街路づくり=国交省都市局、国土づくり=旧国土庁)、「運輸事業監督」(運輸業の規制と監督=旧運輸省)、「交通管理」(道路を流れる車の管理、ドライバーの取締り=警察庁交通局)とに分かれていることも、問題を考えていく上で重要な点です。行政学の名著である森田朗1988『許認可行政と官僚制』(岩波書店)は、旧運輸省の行政のあり方を全面的に分析しています。

公共交通に関する文献を得る対象としてフォローすべき雑誌

通常思いつく公共交通の政策課題はあらかたすでに研究者によりアプローチされています。下記の雑誌を掘り下げて文献を読めば、なにが話題になったことがありなにが空白領域なのかは概ね把握できると考えられます。

研究対象としての国の政策を知るための文献

研究対象としての「地域公共交通活性化・再生」がどうなっているかを最短ルートで知るための文献を紹介します。

「地域公共交通の活性化及び再生の促進に関する基本方針」国の公式な政策説明https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000045.html

「地域公共交通計画等の作成と運用の手引き」国の公式な計画制度説明https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000058.html

「地域公共交通確保維持改善事業費補助金交付要綱」補助要綱が自治体を動かしているのでその内容を把握することが重要。https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000041.html

参考 最短読書ルート

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